信念と責任感の葛藤

前回のブログで、新しい日常に備え
冷静でいること、情報から距離を置くこと、運動をすること、人を元気づけること
の4つを心掛けることを書きました。

冷静でいることは、私にとってもっとも難しいことです。
そのために、「自分を俯瞰して見るチャレンジ」をひそかにやっております。

自分の資質を活かすためには、自分の資質がどのように使われているのかを知ることが第一歩です。
うまく活かせて、快適な状態の時はフローに入っているので意外と意識できないもの。
逆に、心がざわついたとき、イラっとしたときは、何が働いているのかを知るチャンスです。

最近ざわつくこと

今回、テレビやフェイスブックや、ユーチューブなどで、新型コロナウィルスへの政府の対策に対して沢山の意見が寄せられています。
共感できる意見も多く、自分も一緒に意見を戦わせたい、という気持ちでいっぱいになります。
しかし、なぜかその気持ちにブレーキがかかります。
何かしなければ、という強い思いと、そう軽々しくモノを言うべきでないという気持ちが綱引きして、モヤモヤし、行動できない自分に苛立つ感覚。
そして気づきました。
信念と責任感が葛藤しているなあ。

怒りを感じるのに責任を取れる立場にない

信念の資質は、メタファーとして、ガンジーやマザーテレサが例に挙げられます。
どんなに大変な状況でも、世の中のために正しいと信じる道を進む、強力な実行力の資質です。
組織の中でも、おかしいと思ったことは、たとえ上司であろうと取締役であろうと主張するので、疎まれてしまうことも。

緊急事態宣言が出たのに、リモートワークができずに満員電車に乗って出勤する人がいる。
店を開けてもお客さんが来ない、しかしキャッシュを得るために、開けざるを得ない飲食店が沢山ある。
感染者数を正確に把握すべきなのに、検査体制が整わず、実態が知らされない。

「何でこうなるの、おかしいじゃない」と怒りが湧いてくる。
一方で、責任感が言います。
「あなたはリモートワークを推進するために何か役に立つのか、政策を立案できるのか、何か物を言える立場にあるのか。責任はとれるのか」。

責任感の資質は、引き受けたら、何が何でもやり遂げる才能です。
「あなたに頼んでよかった、やっぱり信頼できる」と言われるのが何よりうれしい。
その分、自分が責任を撮れる範囲をきっちり決めて、負えない範囲は引き受けない傾向があります。
言って責任が取れるのか、にこだわるから言えないんだな、と自覚しました。

心が動く自分を受け入れる

今回は、「何かが間違っている」と強く感じるけれど、それを表明することができず、ざわっとする気持ちがなぜ起きるのかを考えました。
苛立つ気持ちは仕方がないし、止めることはできないけれど、「ああ、自分の資質がこう働いているのだな」と受け止めることはできそうです。
ざわついたり、苛立ったりする自分をそのまま受け入れ、家にとどまってもできることは何か、を落ち着いて考えたいと思います。

この記事を書いた人

重次泰子

重次泰子

熊本県出身。
慶応義塾大学、経済学部卒業。
銀行で8年勤務し、その後4年ほど2人の子育てに専念。
その後シンクタンクで11年派遣社員(嘱託研究員)、2年間研究員として勤務。
この間、コーチングに出会い、学ぶ中で、「メンバーの幸福度とチームの成果の両方を引き上げる仕組みづくりはないか」という問題意識を持ち、Gallup認定ストレングスコーチ資格を取得。

2018年10月「リソース活用ラボ」開業。
(一財)生涯学習開発財団認定プロフェッショナルコーチ
ギャラップ認定ストレングスコーチ

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